できたてガパオライス

ゆすらの日常。毒にも薬にもならないことばたち。

フランスプチ留学記 vol.2

 朝。時差ぼけで3時に目が覚めて空腹を持て余した昨日とは違い、起きようと思っていた6時少し前に目が覚める。街は静かで毛布も暖かく、よく眠れた。眠る前に、ホストマザーにきちんと意思を伝えられたからかもしれない。

 昨夜はホストマザーとの初対面だった。私の他にイギリスの女の子が2人、ホームステイをすることになっていて、4人で夕食をとった。キッシュとガトーショコラ。手作りのフランス料理でのおもてなしに心もお腹も満たされる。ただ、フランス語が全然聞き取れなくてすこし落ち込んでしまった。2人の女の子は流暢に会話できていたから、余計に。

 一通り会話が盛り上がった後、ホストマザーが私を見て尋ねてくれる。<<Tu as compis?(理解できた?)>> 苦笑いしつつ否、と答えると、ジェスチャーを交えながらゆっくり、簡単な言葉で解説してくれるが、それでも3割程度しか聞き取れない。もはや会話の手段もなく、向こうも困っているようだった。申し訳ない。

 夕食を終え、夜の挨拶をして各自の部屋に戻った後、しばらく自己嫌悪に苛まれた。検索ボックスに「ホームステイ 聞き取れない」「ホームステイ 話せない」と打ち込んで、さらに悲しみを増長させてしまう。悪い癖だ。ぐるぐると悩んでいたところで、ホストマザーに手土産を渡しそびれていたことを思い出す。先程の出来事で会話がかなり億劫になっていたため、一瞬明日でもいいかと思ったが、腰を上げる。こういうのは思い切りが大事なのだ。ホストマザーはキッチンにいて、私が声を掛けると手を拭いてからこちらに向かって来てくれた。

 <<C’est un souvenir de Japon…>> 小さく拙い単語を発する私の手にあるものを見て、彼女は正確に意図を読み取ってくれた。そのままキッチンのテーブルにお土産を並べて、少し話す。あなたのフランス語を理解できなくてごめんなさい、とたどたどしく謝罪する私に、彼女はやさしく励ましてくれた。「大丈夫よ、これから慣れていけば」「イギリスと違って日本は言語が大きく異なるもの、ゆっくり慣れていけばいいのよ」「寂しくなっちゃった?大丈夫?」あまりのやさしさにうるっときたが、泣きはしない。あまり意識したくはないが、冷静に考えるとイギリスの女の子たちは私より10歳ほど年下なのだった。ふがいない…。それでもきちんとコミュニケーションを図れたことがうれしかった。そのまま、先程の食卓で聞き取れなかった説明をもう一度してもらう。今度は大体理解することができた。「他に困っていることはない?大丈夫?」という問いかけに対し、大丈夫だと返す。今度こそ就寝の挨拶を交わし、部屋に戻った。

 その安心感からか、快適な睡眠を経て目覚めることができたので、頭も心もすっきりとしていた。みんなが寝静まる中そっとキッチンに起き出す。食卓にはパンやフルーツ、コーヒーが用意されていた。コーヒーメーカーでコーヒーを入れ、バナナを一本かじる。以前ボルドーの家にホームステイした時も、朝はよくこうして一人でカフェオレを飲んでいた。大抵はカフェオレ単体か、一緒にバナナ一本。そして語学学校に行く途中にあるPAULで、焼きたてのクロワッサンを買って登校するのが日常だった。

 当時と似た状況に、だんだんとかつてのことを思い出す。あの時も会話のおぼつかなさに落ち込んだり困ったりもしたが、周囲にたいへん助けられ、今ではすべてが素敵で楽しかった思い出として残っている。今回もきっとそうなるだろう。そもそも、フランス語やドイツ語が理解できなくて泣いていたのは日本の大学に通っていた時からなので、今に始まったことではなかった。落ちこぼれな自覚があって来たホームステイだ、今さら凹むこともないだろう。社会人になって身に付けた切り替えスキルをここで遺憾なく発揮する。

 もうすぐ登校時間だ。今日は初日なので、口頭でのクラス分けテストがあるらしい。正直、この聞き取り力ではつゆほども期待できないが、それでも自分らしくできることを精一杯やれればいい。昨日決意した通りに赤リップを引いて、行ってきます。